大阪の芸人が驚きの転身、名物職員奮闘記

こちらの女性、大阪でとてもきらびやかな世界にいましたが、去年、ある地方都市の役場に移り、今やすっかり名物職員になりました。30歳を過ぎて周囲も驚く転身を決意した女性の奮闘を追いました。

 市議会議員の前で司会をする女性。鹿児島県鹿屋市の職員・半田あかりさん(32)です。半田さんに促され、鹿屋名物「カンパチダンス」を踊り出す議員や職員。自然と笑みがこぼれます。

 半田さんの担務は「まちのPR」。仕事は多岐に渡ります。テレビ出演のほか、ナレーション録りにイベントの司会。自ら京都のラジオ局に名産品を売り込むこともあります。

 「日本で一番早くバラが咲くんですよ、鹿屋は。バラの焼酎があるんです。それを今回おすすめしようかなと」(半田あかりさん)

 1人で何役もこなす半田さん。実は、市の職員である一方で、松竹芸能所属の芸人でもあります。もともと大阪でテレビ出演もしていた半田さん。「街の魅力を発信できる人材が欲しい」と鹿屋市からオファーを受けたものの、3か月悩みました。収入が減る上、全く知らない地方の町で働くことになるからです。芸人仲間からも冗談交じりにこんなことを・・・

 「松竹で先輩たちが『半田が島流しにあった』とか言って変なうわさが」(半田あかりさん)

 一方で、半田さんは芸人としての仕事に行き詰まりも感じていました。そこに当時の副市長から熱い説得を受け、鹿屋市への派遣を決めたのです。見知らぬ土地での慣れない仕事、始めたころは大変でした。

 「パソコンが使えなくて、ずっとテレビとかラジオの仕事をさせてもらっていたので、ちょっとざわつきましたよね、ここらへんが」(半田あかりさん)

 大阪の芸人の世界と地方都市のお役所の世界。人間関係にも最初は壁がありました。そこで半田さんは、強がらず、自分の弱みをさらけ出すことを心がけたといいます。移住から1年、職員との距離も随分縮まりました。

 「田舎者って何かこう・・・閉じるところがあるんですけれども、すごくうまく入り込んでくるというか、さすがだなと」

 競争の激しい芸人の世界で培った「自分で考え、行動する力」は、市の職員に刺激を与えました。その最たる例が・・・「イベントの司会をしながら地元名産のカンパチを解体できれば“売り”になる」、市の職員にはないアイデアでした。漁協の職員に教えを請い、自前の包丁で早朝特訓を繰り返したそうです。

 「けがをしないレベルになるというのは難しい」(半田あかりさん)

 そして、半田さんの働き方は思わぬ効果も。

 「やらされ仕事だ、いやだなあという気持ちにどうしてもなりがちだと思う。彼女のがむしゃらな努力を見て、市役所の職員が自分たちも頑張らなきゃという気持ちにすごくなっているので、会社(役所)全体の働き方がちょっと変わってきているかなと」(半田さんにオファーした 鹿屋市 福井逸人前副市長)

 都会からいったん離れ、見知らぬ地方でキャリアを積む、半田さんにとっても得るものは大きかったといいます。

 「普通じゃ経験できないことを言い切れないくらい山ほど経験できて、給料は下がったけれども“プライスレス”がすごく大きすぎたというのが率直な感想」

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